■□絵とは難しいもの
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 私は、北海道郵便局の年賀はがきのデザインを二回描かせていただいた。



 最初は昭和六十年だった。その後、北海道観光絵はがきを頼まれ、昭和六十二年には再び年賀はがきのデザインを引き受けた。



 このときは、熊(クマ)がぼたん雪の中を、鮭(サケ)を背負って、雪に足跡を残して歩いている姿を描いた。北海道らしいと私は思っていた。



 ところが正月早々、この年賀状のことで電話の問い合わせが舞い込んだ。「北海道では本当にクマが魚のエラに笹竹を通して背負って歩くのか」と聞いてくる。「ポエムだ」などと簡単に答えられない真剣さである。



 私は知床で自分の知りあいのカメラマン氏が撮った、クマが川でサケを捕っている写真を見たことなどを話し、「クマは頭がいい動物であるから、あるいは・・・(ひょっとしたら)と、そんな思いで描いたのです」と丁寧にお答えした。この方のまじめさに何かとてもさわやかなものと、自分の仕事に対する今までとはまた別の責任感を感じさせられた覚えがある。





 個展会場にもいろいろな人が来る。ある日一人の漁夫が来た。私の鰊(ニシン)を見て「よく描けている。しかしもっと活きのいいものを描け」という。「目の赤いのは溢血(いっけつ)しているのであって、活きがさがっている」と。そう言えば刺し網でとれた鰊の目は赤くない。しかし絵にすると赤がないのは寂しい。これは一体どうすればいいのだろう。絵とは難しいものだ。









 私は鰊をよく描く。遠い思い出になるが庭先で煙をあげてジュージューと焼ける春鰊の香が今でも浮かぶ。余市の町じゅう鰊一色、海は白濁し人々は走り回る。



 かつては、潮焼けした舟頭やヤン衆の活気でにぎわった浜の番屋も今は訪れる人影もなく、浜風邪と鰊雲の下で廃屋となっている。北海道を支えた鰊漁。消えた今、往時の豪快さ、素朴さが北海道から失われていくのは寂しい。なぜか幻の魚となった。帰らぬ魚影を待ち続け、何年も春の海に立つ私もまた一人の漁夫なのかもしれない。