【回想録14】
  良き出会いが支えに




 今日、なんとか画家のはしくれとして人さまから評価をいただく身となったが、思えば決して平坦な歩みではなかった。五十年を越す画業を支えて来たのは、月並みながら数々の良き人との出会いだったと思う。


  私が絵を目指そうとしていた終戦直後、街に流れた「リンゴの歌」は自由と希望に満ちていた。昔のリンゴは酸味のほどよい素朴な味がした。糖度の高い今のリンゴは開拓当時の魂の風化を語っているようだ。


 厳しい風雪に耐えたハマナスは石狩の浜辺に、スズランは道内至るところの山野に、ライラックは札幌の街並みの中に、ラベンダーの群生は富良野の丘陵にそれぞれ気品と色と香りを振りまいている。


 惜しみなく四季折々に咲く美しい北海道の花。しかし、最も美しい花はだれをも優しく迎え入れてくれる北海道に住む人の心に咲く花である。


 私は宮本武蔵を意識し日々武蔵のごとくありたいと思っていた。あらゆるものに挑戦し、男はかくあるものと思ってきた。武蔵が小次郎を倒し舟島を出るとき、快しとしない人の批判を


 波騒(なみざい)は世の常である。
 波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い、雑魚は踊る。
 けれど、誰が知ろう百尺下の水の心を。水の深さを・・・


と吉川英次は結んである。私はこのくだりが好きで、今まで公募展やグループに属さず一人で描いて生きざまの支えにしてきた。





 
 
     道は遠く
      ただコスモスの風にゆれ
          いずこに行くか
                北のまた北

                森 繁  久彌




 私の絵のファンで長年懇意にしていただいている森繁久彌さんが、私に贈ってくれた詩である。何の自信も御座居(ござい)ませんが、と添え書きがしてあった。なんとなく、絵かきとしてこれまでの自分のことをうまく言い当てて、また温かく見てくれているようで、画集の表紙裏に使わせてもらっている。



  





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