【回想録12】
  野   生



 豊かに広がる北海道の風景、その豊かさの影にひそむ一抹の寂しさが人々の心を北へ惹きつける。原始の姿を思わせる日高の山々、ラベンダー薫る草原、流氷の海辺、時計台の文字盤、ロシア教会の尖塔、そこに陽の沈む時、はるかに北辰が輝きはじめる頃、旅人は悲しいまでの美しさに息をひそめる。

 このロケーションにピッタリの男がいる。夢は朝里の海辺に小屋を立て、潮騒と悠久の太古を語るつもりらしい。人々に心のオアシスをもたらすような仕事がしたいと言っていた。


深遠なる思想家でもある。ほろ苦いやせ我慢に男の美学をみるのである。かぎりなく優しく、美しいご婦人もお似合いだ、なかなか出会えない男の一人である。


 郵便局から切手の原画の依頼がきた。テーマは蝦夷鹿、季節的に近くに鹿がいなく洞爺湖の鹿牧場へ行ってみた。エサがいいのか少し太っている。野性味に欠けるが威風堂々としたエゾシカを書くことができた。後に人気が全国一位と聞いて安心した。




子供の頃余市の川の上流でよくアユをとって食べた。アユはスマートな魚だと思っていたが養殖のアユは太って何とも味気がない。香りも苦味もなかった。野生はいい。北の大地の空の高きただ中に燃えるような情熱と絵を描いていた彷徨の日々がなつかしい。


 社会そのものが、今までのような単なる量的な豊かさを思考することから、人間的な美しさを志す社会へ、即ち、豊かな社会から美しき社会へと転じつつあるのではなかろうか。


 我が青春も今静かにセピア色に変わりつつある。未来という時間の一時にあって、深く自分自身を見つめ、束の間の一瞬を残像として常に思い出させてくれる。「安らぎ」のあるそんな絵を描きたいと思っている。




     




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