【回想録11】
  無心で描く絵はいい



 私は、北海道郵便局の年賀はがきのデザインを二回描かせていただいた。


 最初は昭和六十年(一九八五年)だった。その後、北海道観光絵はがきを頼まれ、昭和六十二年(一九八七年)には再び年賀はがきのデザインを引き受けた。


 このときは、熊(クマ)がぼたん雪の中を、鮭(サケ)を背負って、雪に足跡を残して歩いている姿を描いた。北海道らしいと私は思っていた。


 ところが正月早々、この年賀状のことで電話の問い合わせが舞い込んだ。「北海道では本当にクマが魚のエラに笹竹を通して背負って歩くのか」と聞いてくる。「ポエムだ」などと簡単に答えられない真剣さである。


 私は自分の知りあいのカメラマン氏が撮った知床のクマが川でサケを捕っている写真を見たことなどを話し、「クマは頭がいい動物であるから、あるいは・・・(ひょっとしたら)と、そんな思いで描いたのです」と丁寧にお答えした。私は、この方のまじめさに何かとてもさわやかなものと、自分の仕事に対する今までとはまた別の責任感を感じさせられた覚えがある。



 
 昭和六十二年年賀はがき「くまっこ」







 昭和六四年(八九年)一月に昭和天皇が崩御された。私はいつも天皇に敬愛の念を抱いてきた。私なりに追悼の気持ちを表して、水墨画を描いた。昭和五十九年に登別の道央自動車道の工事現場で直径四十数メートルの直立した炭化木十八本が発掘されたが、これを少し分けていただき墨を作り、これでニメートルの和紙へ天界へ昇る龍を描き、その龍の背中に観音様を描いたのだ。この年母の五十回忌の法要があり、余市の大乗寺に「彩雲の彼方へ」と題して収めさせていただいた。


 平成元年、天皇・皇后両陛下来道のとき。千歳の日航ホテルで、両陛下が私の作品コーナーにお気付きになり三点お買上げ下さいました。「本間先生は苫小牧出身ですのでこの山は樽前山ですね」と仰られたそうです。天皇が皇太子の頃、海の記念日にサロマの海にニシンの稚魚をお放しになられたことがあり、そのときの記念にと思いニシンのパステル画を差し上げたことがある。皇居に飾られていると聞いていました。それにしてもお忙しい日常にあって、私が苫小牧だと覚えておられたのにただただ光栄であった。



 
 海の記念日のセレモニーを記念して進呈したパステル画



  




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