【回想録9】
  大切な絵、心の支え



 昭和四十二、三年の頃だったと思う。札幌・すすき野で塩川というお茶漬け屋があった。のれんは出ていないが中に主人らしい女性がいるので入った。しかし私のシャツに絵の具が付いていたので、ペインター(ペンキ屋)と間違えたのだろう。いきなり叱られた。「早く仕上げるように」と。開店当日だったのである。困っていると思って、黙って塗ってやった。


 壁が寂しいので水彩画の塩鮭の絵を飾ってやった。印刷と思っていたのであろう。少し喜んでお茶漬けを御馳走してくれた。

 数日後寄ってみたら、どこか雰囲気が違う。富貴堂の社長がお酒を飲みに来られ、「この絵を二十数万円でぜひ売ってくれ」と所望した、とのことだ。彼女は先日の非礼を詫び、「どうしてその時に言ってくれなかったのか」と嬉しいような、困った顏をしていた。心の優しい人である。

 それから数年後、札幌の丸井今井の個展会場に花束を持って彼女が現れた。あれからずっとホステスをしていると言う。「あの絵は私の心の支え。大切に飾ってあります」と言っていた。心も顔つきも、以前と同じだった。



 



  




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